ゲド戦記のテルーの正体とは?原作から読み解くと見えてくる真実

宮崎駿氏の息子・宮崎吾郎監督が手掛けた「ゲド戦記」

ジブリ作品は風の谷のナウシカをはじめ、天空の城ラピュタ、となりのトトロ、千と千尋の神隠しなど好きな作品が多いんですが、このゲド戦記にいたってはイマイチ好きとは言えないんですよね。

というのも、テルーにしてもアレンにしても全体的に暗い印象しかなくて。。。(ゲド戦記ファンの方、すいません)1回見ただけでは内容が複雑で理解できないところも。。。

原作の長さから考えても2時間に収められる内容ではないですからしょうがないところではあります。今回は、ゲド戦記のヒロイン・テルーの正体について原作から読み解いていきたいと思います。ネタバレ注意です!

ゲド戦記の原作とは?

アメリカの女優作家アーシュラ・K・ル=グウィンの同名小説で、「指輪物語」「ナルニア国物語」と並ぶ世界三大ファンタジーとして世界中で愛されています。原作は全6巻。

ジブリ「ゲド戦記」では、第3巻「さいはての島へ」がベースにはなっているが、もう1つの原案になっているのが宮崎駿氏が執筆した絵物語「シュナの旅」。

絵を見る限りでは、風の谷のナウシカを連想してしまいますが、このシュナの旅がかなり影響しているようです。

原作 ゲド戦記のあらすじ

影との戦い

第1巻は、ゲド(ハイタカ)の少年期から青年期の物語。ゲドは才気溢れる少年であったが、ライバルよりも自分が優れていることを証明しようとして、ロークの学院で禁止されていた術を使い、死者の霊と共に「影」をも呼び出してしまう。ゲドはその影に脅かされ続けるが、師アイハル(オジオン)の助言により自ら影と対峙することを選択する。

こわれた腕環

第2巻は、カルガド帝国が舞台。アチュアン神殿の巫女テナー(アルハ)が中心の物語。名前(自己)を奪われ、地下の神殿の闇の中で育てられてきたテナー。しかしそこに、二つに割られ奪われた「エレス・アクベの腕輪」を本来あるべき場所に戻し、世界の均衡を回復しようとする魔法使いゲドが現れる。少女の自己の回復と魂の解放の物語でもあり、ゲドとテナーの信頼、そして愛情の物語としても読める。

さいはての島へ

第3巻では、大賢人となったゲドが登場する。世界の均衡が崩れて魔法使いが次々と力を失う中、エンラッドから急を知らせて来た若き王子レバンネン(アレン)と共にその秩序回復のため、世界の果てまで旅をする。

帰還

第4巻は、ゲド壮年期の物語である。ゲドは先の旅で全ての力を失い、大賢人の地位を自ら降りて故郷の島へ帰ってきた。そこで未亡人となったゴハ(テナー)との生活が始まり、さらに親に焼き殺されかけた所を危うく救われた少女テハヌー(テルー)が加わる。ところがかつて大賢人であったゲドと、元巫女のテナーの2人は故郷の一般の魔法使いにとっては目障りでしかなく、3人の「弱き者」たちを容赦なく悪意に満ちた暴力が襲う。魔法の力を失った後に見えて来るアースシーの世界を覆う価値観とは、一体何なのか。それを作者自らが問いかけている作品とも言える。

アースシーの風

第5巻は、かつてゲドと共に旅をし、アースシーの王となったレバンネン(アレン)や、ゲドの妻となったテナー、その二人の養女となったテハヌー(テルー)が物語の核となっていく。竜や異教徒のカルガド人によって、従来の正義であった「真の名」という魔法の原理への批判が行われ、これまで作り上げられてきたアースシーの世界観を根本から壊していくような物語構造となっている。女の大賢人の可能性や世界の果てにある理想郷、また死生観への再考、長年敵対していたカルガド帝国との和解も暗示。テハヌーと竜との関わりも明らかにされ、確実に物語の中心はゲドからレバンネン、テハヌーの世代へと移り変わってきている。

ドラゴンフライ アースシーの五つの物語

引用元:Wikipedia

かなり、ジブリのゲド戦記と違う印象ですね。

ジブリ「ゲド戦記」のあらすじ

「魔法」が日常的に存在する多島海世界「アースシー」。そこでは人間の住む世界に現れるはずのない竜が突然現れて共食いを始め、魔法使いが魔法の力を失うなど、異常事態が次々に起こっていた。その原因を探って旅を続けていた「大賢人」と呼ばれる魔法使い・ゲド、通称ハイタカは、ある日、エンラッドの国王である父を刺し、国から逃げている途中だった王子・アレンと出会う。アレンは、世界を覆いつつある「影」に怯えていた。

ハイタカと共に旅をすることになったアレンは、美しい港町、ホート・タウンに到着。しかしその街もかつての輝きを失い、麻薬や人買いが横行していた。そんな街角で人狩りのウサギの襲撃を受けていた少女・テルーを助けようとしたアレンは、ウサギに襲われ囚われの身に。ハイタカは奴隷として売り払われそうになっていたアレンを救出。そしてハイタカの昔なじみの巫女・テナーの家を訪れたアレンは、テルーと再会する。

テナーの家で畑仕事などを手伝う中で、少しずつ人間らしさを取り戻していくアレン。そんなアレンにテルーも少しずつ心を開き始めるが、アレンが自ら生み出し彼に付きまとう「影」は彼の心をむしばんでいく。そんな中ハイタカは、世界の均衡が崩れかけている元凶が魔法使いの・クモであることを察知。過去のある出来事からハイタカを恨み続けているクモは、アレンの心の中の「影」を利用してハイタカを倒そうと決意するのだが…!?

引用元:金曜ロードSHOW!

ゲド戦記のテルーの正体とは?

ゲド戦記を見たことがある方はご存知だと思いますが、テルーは物語の最後でドラゴンになりますよね。あまりに突然すぎて(いや、途中に伏線はありましたが)なぜ?と疑問に思った方も多いはず。

  • 「人は昔、龍だった」
  • 「かつて人と竜は一つだった」
  • 「龍族の一部が人間になる道を選んだ」

ジブリ版や原作のゲド戦記にも記されていた文言から、テルーは龍族の子孫で人になる道を選んだ種族だったことがうかがえます。

ジブリ版の最後では目を見開いて何かの力に覚醒したように見えるテルー。それまでは自分が人ではない龍族の末裔だなんて知らなかったと思うんです。

だからこそ、それまでは人間界で普通に暮らせていました。クモに捕らえられ、意識を失ってはじめて龍の力に目覚めてしまったんですね。龍から普通に人間の姿に戻れるあたりは腑に落ちませんが。。。

ジブリからのメッセージ

子供の頃は、無邪気に好きなことをして、好きなように過ごしていたはずが、大人になって一般社会で長く暮らしていると、好きなことも好きと言えず、イヤなことも断れないようになり、本来自分のしたいことに情熱を注げるはずが気づけば、死んだ魚の目のようなよどんだ瞳で毎日を生活してる。。。

もっと自分の力を信じて前を向いて生きていこうというメッセージにも取れる気がします。

大人になってからのかわり映えのしない日常に嫌気がさしているなら、自分を変える・自分が変わる何かきっかけをつかめばいいんじゃないか?

なんとなく悶々としてる気持ちが影を失ったアレンと重なってしまって。。。ゲド戦記を好きになれなかったのかもしれない。なんてことを最近思います。

今は変わるきっかけに出会えたおかげで、悶々としていた日々がなくなり、毎日がとても充実しています。子育てで悩むことは多々ありますが(笑)

以前、ゲド戦記を見た時とはまた違う感情も芽生えそうなので、また観てみたいと思います。

ジブリのゲド戦記だけでは読み取れない部分がたくさんあるので、原作を読んでみると面白いと思いますよ。金曜ロードショーもお見逃しなく!

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